《望郷》
望郷の念などなかった上に、帰りたくもなかったのですが、ビザ的に帰らねばならず。あと、肌と髪が限界。
※たまにこうして《フランスにわか生活日記》が増えます。
2015年の滞在記
《自宅療養中である》
6月19日に退院して、22日にようやくアングレットに戻ってまいりました。自宅では無いけど、もはや自宅のように落ち着く空間。
さてさて、振り返りになりますが。
家の鍵について「え?」って思うひとが多数かと。つまり、家の内側から鍵をかけるためのサムターンとかが無いんです。内側からも鍵で錠します。なので、鍵が無いと家の内側にいても鍵がかけられ無いことに。
不便!
☆やってまいりました!病院食!!謎が謎を呼ぶ病院食。何度も言いますが、これはフランスの病院食!
メニューが書いてある紙がいつもついてくるんですけど、私の名前間違ってたよ!!訂正する気力はありませんでした。
点滴してるとか腎臓がどうとか、関係無いんだろうか?
こういう感じの平和的な闘牛を二度ほど観ました。牛を殺さない前提なので、安心して楽しめます。しかも、見ていて面白い!ハラハラドキドキ。ただし、私が観ている間に二三人ほど牛に踏まれてました。でも、続行。
フランス人、負傷者を讃えて、続行。
なので、必ず救急車と救急隊員は待機してます。
【8月20日追加】
《帰宅》
長かった旅も終わりです。
※ちなみに、Day ◯◯の日付は、自宅から旅に出てからの日数なので、東京滞在も含んでます。じゃなかったら、ビザ切れてる。
とりあえずは、無事に飛行機に乗ることが第一!トラブル続きなので、結構不安!
やはりといってはなんですが、何処でも、本当に何処でもフランスの公共機関等では英語で話しかけられる……。
シャルルドゴール国際空港のチェックインカウンターのにいちゃん「(早口なイギリス英語。ちなみに今までで一番わからない)」私「ah…pardon…(首を振る)」にいちゃん「あー(隣の同僚にフランス語で)ねぇ、日本語で水(de l’eau )ってなんていうか知ってる?」同僚女性「知らないわ」私「Ah, l’eau c’est MIZU!(あ、それ、水です)」にいちゃん「Ok!(またもや早口なイギリス英語で私に話しかける)」私「…………(何故だ)」
ねぇ、今私フラ語話したじゃん!!会話わかってたじゃん!?ねぇってば!悔しいので相槌等は全て拙いフラ語で返しました。切なさを抱えたままハノイ行きに搭乗。
ハノイには朝の7時に到着し、なんと夜の11時まで待つ苦行。ベトナム航空、次は考えものだな……。
寝るか、iPhone触るか、LINE電話するか、日記書くかくらいしか選択肢がないものの、ダラーっとしてるうちに、あっという間に成田行きに搭乗。
ハノイ〜成田間はビジネスクラスのすぐ後ろのエコノミー!!ここ、快適!足元広いし、ご飯は最初に出てくるし。
そして、7時50分に成田空港到着。
《病院その3、そして自由》
さて。
なんとか6月19日金曜日に出獄もとい退院した訳ですが。なんか体力がものすご無い。
とりあえず、金曜日〜日曜日の夜までは母上のお宅にお世話になってましたがその話の前に《病院体験記》の続き。
文字ばっかりですみません。思い出すと、結構辛い。それ故、ちゃちゃっと書き終えてしまいたい気持ちが勝る!
態度の悪い看護師というのは、
確か、3日目あたりに、アレルギー食品ぽいものが夕飯にでた。マコモダケみたいな一見ホワイトアスパラガスの太いやつ。「アレルギーの食品じゃないわよね?」と、フランス母上が食事担当の看護師B(冷たい美人系)に言いに行く。
看護師B、憮然とした顔で違うと言い切る。が、その植物が何科かどうかまでは答えられない。ていうか、名前聞いても私もわからなかった。その場で、インターネットで確認したら、ユリ科ではなかった。
看護師B、超絶不機嫌な顔で退場。
たぶんこの時に彼女はものすごーく私に対して『厄介な患者!』と、恨みがましい気持ちになったのではないかと推測。母上は純粋に私を心配して確認してくれたのだけど、看護師B嬢にとっては面白くなかったと思われる。
確かに、私はめっちゃ日本人(てか、アジアン)ビジュアルなのに、毎日フランス人一家が面会に来ては世話を焼いてくれている謎の状況。ここ、モンドマルサンは観光客もあまりいない上に日本人すら数えるほどしかいない地方の街。
ということで、詳しくは書きませんが、この看護師B嬢の私へのこの後の態度を想像するのは容易いのではないかと。危うくブチ切れる寸前だったとだけ書き加えます。
でも、基本的には、
顎ピアス×金髪ボブカット看護師さんは、(初日の夜しか見てないけど)驚く程優しくて親切でマジで天使だったし。
入院生活全般の説明してくれたベテラン看護師さんは、気さくで気配りが細かくて安心できたし。
ちょっと大柄な、でも朗らかな美人看護師さんは、いつも笑顔で素敵だったし。
後半鷹のような目つきで採血しにくるアメリカンドラマに出てきそうな派手美人看護師さんは、英語とフランス語で説明してくれたし。採血失敗したら、丁寧に謝ってくれたし。失敗しないで欲しかったけども。
素敵な天使がたくさん(※しかし、みなもれなくアクセサリーと化粧、ピアスは標準装備でしたね)。
点滴してる時から「これ、どうやって外すんだろ……、テープ引っぺがしたら針が血管破くんじゃ?」と畏怖。で、点滴外す前、アメリカンな看護師さんが「準備はいい?」と聞いてきた。よくはないけど「うぃ」と答えると、バリッと剥がして、すかさず何かで抑える感触。こういうの苦手なので、見られない。
「終わったわよ、ニコ!」って、何が何だかわからない!!これより採血が死ぬほど痛かったので、もう忘れたい。。。
あと、不幸中の幸いが、入院中、否応なく二十四時間色んな人のフラ語に晒され続けたお陰で、耳がだいぶ慣れました。四月の時よりだいぶわかる……。医療用語も少し覚えたし。
anémie アネミ 《貧血(毎回採血で貧血)》とかmamelon マメロン 《乳首(病院着でノーブラなので痛い)》とか……使わなさそうで使いそうな単語を覚えた。
てことで、19日に無事に退院。
はい、ニベア。日本製の青缶ニベア最強説。あとシアバターのヘアパック、いいです。洗髪前に満遍なく塗って、普段通りシャンプーで洗うだけでだいぶ髪の傷みが回復。
奥様と、日本人にはやたら難しいフランス語の発音について語り合う。
《病院その2》
フランスの病院体験について、振り返りつつじっくり語りたいのです。。。
いやー大変でした。
熱が下がってるときは、フラフラしながらもなんとかシャワー浴びたり、ご飯(ヨーグルトかジュース)食べたり。が、7時間間隔でまた熱が上がる、の繰り返し。
そんで、骨盤のすぐ内側(つまり腎臓)に鈍痛があることにも気付いていたものの、熱とは関係ないと思いこむ。むしろ、熱のせいで深く考えられない。
お腹が空く感覚がもうわからない。水でも吐きそうになる。いつ熱が終わるのか考える。熱が上がりすぎた時の後遺症とかは考えられる。全ての考えがマイナスの方向に突っ走るものの、考えに感情が追いつかない。
もうエリッソン母上は命の恩人……思い返すと、この母子の連携プレーによって、私の腎臓が守られたと言っても過言ではない。ってか、それが事実。
高熱から入院まではこんな流れ。途中、見辛いのは、熱で朦朧としてた記憶を思い返しながら書き綴ったため。
しかし、フランスの医療従事者、特に女性の身だしなみが日本と違う気がする。ピアス、ネックレスは当たり前。顎ピアスの看護師さんもいたし、みんな大概化粧がっつりしてる。ガム噛んでる人もいたし。
《グリニッジ〜ビアリッツ》
2013年のパリロンドン旅行で、だいたいロンドンで行きたいところは行っていたので、今日は思い切ってロンドン中心から5キロほど離れたところにある……
グリニッジ旧王立天文台およびグリニッジパーク周辺に行くことに。世界遺産!
ワクワク。子午線ゼロ、ワクワク。水上バスも、帰りに乗ろうと思ってワクワク。
大航海時代に時刻関係が発達して、戦争の時にはナビの性能が向上するとか聞いたことありますが。いいこと悪いことが表裏一体。
子午線ゼロ上のうちの子(3歳)。久しぶりに見たとの身内の感想が耳に痛い。お母さんが私だとすると、お父さんは毛だけ提供した何処かの羊というシュールな事実。
あ!ショコラティヌに関して。フランスの北の方では『パン・オ・ショコラ』、南では『ショコラティヌ』と呼ぶそうです。『クロワッサン・オ・ショコラ』は別物なんだとか。
南で『パン・オ・ショコラ』と呼ぶとブーイングとのこと。日本でいうおやき、大判焼き、ござ候、あじまんみたいなものでしょうか。
出来ればもう少しグリニッジビジターセンターで遊びたかったのですが、なにぶん一人旅なので自重。疲れに負けてベンチでボケっとしてました。
そして、クイーンズハウス!
少し歩いて河岸へ。いつもチケットとか買う時、英語力のなさでドキドキしつつ……。案の定、チケ売り係のお姉さんの「あなた、どこまで行くの?」がわからず二度目で「え、えんばんくめんと!!」と、目に付いたところの名前を叫ぶ。だから、最初からエンバンクメントに行こうと思ったわけではなく。
ここから水上バスに乗ります。
水上バスの旅。
いつ来てもなに見ても、頭の中はBBCのドラマでいっぱい。
そして、ロンドン、美味しくない。寿司は米がへんちくりんだし、サンドイッチは乾燥している。チップスだけだよ、美味しいの。
……言い掛かりでしょうか。
《リバプールその3〜ロンドン》
いやー、BS『世界ふれあい街歩き』 リバプール編で予習した通り、赤か青かに分かれてるんですねーこの街。
そういや、サラッと描きましたが、ほんとに二晩二段ベッドの上下。実は私、二段ベッドに寝たことがなくて、まさかの人生初がイギリス。この旅、やたらと初体験多し!
このロンドン自然史博物館は、やはり別ページを設けてご紹介したいくらい好きです。建物が綺麗、恐竜たくさん、動物の標本たくさん。その他もろもろ、鉱物、宝石、植物、鳥、地震やむしろ地球まるごと揃ってます!!
こんな風にライオンだけではなくあちこちにいろんな動植物が彫られていたり、描かれていたり。
あ、宿はこんな感じです。
みんな英語話してる〜と思ったら、みんな英語以外にも電話では他の言語(全然聞いたことない言語有り)話してる〜というインターナショナル体感。一人の子が、電話でフランス語を話していて若干の懐かしさを覚えました。
ってか、英語よりわかる気がするフランス語……(一句)。『あ、私のこと話してる……』くらいはわかります。
《リバプール その2》
やっぱりリバプールといえば、あの人たち。なので、2日目は THE BEATLES STORY へ。
まずは、朝食を探しに出発!
かなり街中歩きますが、歩けない距離間ではないです。地元のひとが一緒だからタイムロスが少ないってのもあるか。
てか、今見て思ったけど、朝食探し過ぎ。①から②まで歩き過ぎ。土曜日だったので、どこもやってないか、もしくは朝食が10時からってのが多かった。
②たくさん歩いたけど、それがチャラになるくらいMOOSE COFFEE が美味しい(もしや、空腹だったから?)!ふわふわスクランブルエッグとサーモンに、レモンかけて食べるのがもうもう美味しい(いや、空腹だけじゃない!)!
③THE BEATLES STORY えーと、14.95£は(2015.6.25現在)約3,000円。ただし、日本語音声ガイド+別館4Dシアター付き。そして、展示も長めかつ貴重なものも多数(多分)。
ファンではないわたしが楽しめたので、ファンなら震えるんじゃないかと。
あ、でも、4Dシアターは座れるラッキーくらいの気持ちで行った方がいいです。ビートルズの曲に合わせたアニメーションなので、そんなに目新しくもなく……まぁ疲れた時に、くらいの。
④ 「違う!こんにちはって言え!お前ら、二度とポケ◯ンで遊ぶなよ!」と、叫んだわたしの隣でビクターくんが爆笑。ひどい。
※ちなみに、ジェイミー・オリバーは有名な料理人です。
さて、いよいよ、今日の晩御飯!!美味しい!リバプール美味しいよ!
《リバプール》
※ちょっと順番がバラバラになります。
とりあえず、ロンドンに無事到着して一夜明けたところから……
殆どドミトリーみたいな格安ホテルに初挑戦した訳ですが。案外寝られる!と気がつく。運がいいのか、結構みなさまマナーがいいです。
ホテルのチェックアウト後。オイスターカードを買ってなかったので、ピーク時を避けるため(※ロンドンの地下鉄は、朝のラッシュ時は値段が高い。オイスターカードというほぼSuicaがあると、そうでもない)、また、目的地がすぐ近くのハイドパークだったので、てくてく歩き出したのですが。
なんで3時間歩いた!?
いつもいつもロンドンでは、しなくてもいいウォーキングをする羽目になる気がするんだけど。しかも、厳選したものの、荷物が重い。
さて。
ここは、リバプール!!まさか来るとは思わなかったよリバプール!!まさにマジカルミステリーツアーだわ。
リバプールライムストリート駅で待っていてくれたビクターくん(仮名。リバプール出身。大学生。『不思議の国のアリス』好き友達)と、無事に会う。はい、低体温。
いつも物腰低体温!低体温だけど、いいひと。
②の美術館で見た『ファンティーヌ』の絵が一番印象に残ってます。女の画家さんがえぐりだした女の愛憎みたいな……とにかく静かに強烈な一枚。
③図書館が素晴らしい。余談ですが、ビクターくんの流行りが《本×檸檬》なので、梶井基次郎ネタで小盛り上がる。
⑥SAPPOROなのに、ビールはアサヒ。この怪しい盛り上がりを見せる鉄板焼きレストランについては、後ほどがっつり語りたいものです……。
で、ビクターくん宅へ。
心からポケモンすげーと思います。こんなに世界中の子供の心をつかむなんて!
ご両親は、おそらくわたしが英語難民でフランス滞在中ということで、ゆっくりした英語とちょっとのフランス語で話しかけてくれる心遣いの持ち主。いや、ていうか、疲れたビクターくんが一切翻訳をしてくれなかったのでご両親とわたしでなんとか会話していたという理由もあり。
フランスで、英語使うよりわかってもらえてよかった。
あと、内心、ビクターくんとこのお母さんと血が繋がってることが不思議なくらい対称的。
そんな感じで、リバプール1日目終了!
《病院》
フランス滞在時々ロンドンリバプール旅に、新たなネタが仕込まれました。
わーい、今日は鶏肉だー!!!って、ワイルドだな。病院食のくせに!
というか、入院した夜はコップ一杯の水だけだったくせに、次の日の朝からいきなりのカフェオレとクロワッサンをぶっこんでくるあたり、胃袋の素材が違う日仏。
あと、日仏の平熱が遺伝子レベルで違うことをここの人たちは知らない。
〜入院の経緯〜
6月9日に、無事ロンドンから帰ってきたわけですが。どうも10日の夜から、高熱が出て、薬で下げるを繰り返し(当然木曜から、ジュースかヨーグルトしか食べられず)、とうとう金曜にエリッソンの母上宅に行きまして。
土曜の午前中にかかりつけ医を受診、ウイルス性胃腸炎とのこと。???とも思ったものの、一時回復。しかし、午後からまた熱が上がり、とうとう中央病院に連れて行かれる。
色々検査を受けて、結果的にそのまま入院。
入院です。
原因は、腎臓にバクテリアが入ってどうのこうの。腎臓の管か血管が切れる寸前だったとのこと。膀胱から進入ということで、先月の膀胱炎が悪化?と思ったら、別物。
え?別物?ヌーボー膀胱炎???
かくして、土曜夜からまさかのフランス入院生活をしておりました。私、今まで入院、手術、骨折、点滴すらしたことない履歴だったのに……点滴生活!※現在(6/20)は無事退院してます。
病院ネタもだいぶ仕込んできたので、のちのちまとめたいものです。